世界最終戦争の脅威

世界最終戦争の脅威

 先日、また終戦記念日が廻って来た。広島・長崎の原爆から64年経った事になる。この間、アメリカの傲慢なまでの世界支配が続いてきた。自由主義崇拝の基で、自由資本主義、自由貿易主義を強制し、軍事の圧倒的力と基軸通貨ドルの強さから、世界の全ての国家の民主化を強制する態度を示してきた。更に、この間、交通機関の目覚ましい進歩と通信機能の急速な進化により、世界のグローバル化が急速に進んだ。人間、物資、情報、資本、仕事までも世界中で短時間に移動可能となった。一方、アメリカのお節介なまでの戦争介入の時代でもあった。朝鮮、ベトナム、アフガニスタン、イラクとアメリカの国益と称して介入したが、結局、全て途中で放り出した結果となってしまったと思う。アメリカの国益ではなく、アメリカの軍事産業の利益の為に戦争を続けてきたと考えた方が良いかも知れない。そんな中、アラブ諸国はイスラエルを支援してきたアメリカの反感を増幅し、表題の世界最終戦争は中東問題と密接に関連してくると思う。

★ 核の冬
 アメリカとソ連の冷戦時代、核兵器力の保有競争が行われていた。核による抑止力競争とも言われていたが、故意により、または、過失の場合を含め、一方が核攻撃を始めた場合、他方も核で迎撃する可能性もあった。もし、この世界核戦争が起こった場合、核兵器使用に伴う爆発、延焼により大気中に浮遊した微粒子などで、太陽光が遮断され、植物の光合成が行えずに枯れ、それを食料とする動物が飢え死にし、気温も急激に下がり、氷河時代になる恐れがあった。この事を宇宙物理学者カール・セーガン博士らによって、1983年に警鐘された。核の冬の恐れは、現在ゼロになったわけではないが、2大国の冷戦状態が緩和された結果、かなり低くなったと思われるし、人類の英知によって、防止される様に切に望みたい。
 第二次大戦中のアメリカで、マンハッタン計画と称する原爆開発が密かに進められ、1945年7月16日に世界初の核実験がニューメキシコ州アラモゴードで行われた。この実験に際し、地球の大気が連鎖反応を起こし、大爆発する危険も検討されたが、ゼロではないが、10万分の1以下の確率であると計算されて、実行されたと聞いている。
 日本は唯一の被爆国と言われているが、核の被害者は世界に沢山いる。アメリカは終戦の1年後の1946年7月から太平洋のビキニとエニウェトク環礁で13年間に66回の核実験を行っている。マグロ漁船第五福竜丸の被曝事件もその一つである。アメリカは、最近になって当時の付近住民の放射能被曝をやっと認めたと聞いている。その後、太平洋での核実験は費用が掛かるとの理由で、1951年から実験場はネバダ砂漠に移された。ラスベガスの東100km付近の砂漠の真ん中で、ラスベガス方向から追風の時に実施され、ラスベガスのホテルに観光客まで集まったと聞いている。しかし、爆風によりラスベガスの建物にも被害がでたため、1968年からは地下実験に切り替えられた。この間の大気圏内核実験で、実験場から数100km離れたネバダ州東部に住む原住民などに放射能被曝患者が沢山でている。もう一つの大国、ソ連の核実験は、主として、カザフスタンで行われた様だ。核実験による被曝患者は120万人に上ると言われている。その他に、イギリス、フランス、中国、インド、パキスタン、北朝鮮が核実験を行っている。1963年に大気圏内核実験を禁止する国際条約が締結され、一般住民の被爆被害は特に報告されなくなった。
 故意による実験の他に、事故でも沢山の人が被曝している。最も悲惨で良く知られているのが、1986年4月26日に発生したチェルノブイリ原子力発電所事故であろう。4号炉が炉心溶融(メルトダウン)して爆発し、放射性降下物でウクライナ・ベラルーシ・ロシアなどの広範囲を汚染した事故である。放射性物質は風に乗って、数千キロ離れた西ヨーロッパや日本にまで降下している。降下した放射能で直接被曝した住民や、その後、放射性汚染物(農作物や牛乳など)を食べた近隣の人々の他、世界に広く運ばれた農産物などを食べた人々にも被害がでている可能性がある。現在でも数百万人の人々が放射能汚染地域に住んでおり、比較的低い線量の被曝者でも、数十年経った後にもガン、先天性異常などの確率が高いのは、広島・長崎の被爆者訴訟でも明らかである。特に、「チェルノブイリの首飾り」と言われる甲状腺ガンの手術跡が知られている。甲状腺ガンは比較的寿命の短い放射性ヨウ素を含んだ地元の牛乳を飲んだ子供達に多いそうだ。日本の医師が派遣され、傷跡が直接見えない甲状腺ガンの手術を指導していたドキュメンタリー番組を見た事もあった。ガンとか先天性異常は、自然界の放射能でもある程度の発生が見られるので、原因の特定が困難な問題もある。
 私の記憶では、精製されたウラン135の場合、1kg以下の塊では連鎖反応を起こさないが、2kg程度になると、臨界点を超えて、核分裂が自動的に継続する様になる。一番簡単な原子爆弾は、火薬などによって幾つかに分けられていたウランを一か所にまとめる機械であると記憶している。原子力発電所では、核燃棒と制御棒を水に沈め、臨界状態+αの状態を微妙に継続して、核分裂反応熱を得て発電している。チェルノブイリ事故は、「原子炉停止による電源停止から非常電源に切替える実験の際に、下がりすぎた熱出力を若干戻す操作の際に暴走した」と作業員の不手際として片付けられたが、当時のソ連の情報公開の姿勢から、全て本当とは信じられない。
1999年9月30日には、東海村臨界事故が起こった。これは、中性子が外に抜けやすいように設計された「貯塔」で燃料の均等化を行う工程を、効率を上げるため、ずんぐりした「沈澱槽」で行った為に、臨界状態を超えたと言われている。効率化という中で、それらのウラン燃料をバケツで運んでいた事も判明した。作業員に基礎的な物理現象や健康被害などの教育を施していないとは、呆れてしまう。また、明らかにはされていない様であるが、1957年にソ連のウラル地方で、廃棄物の中のプルトニュウムが自然に集まり、原爆となり、一つの地方がこの世から消え、現在でも無人地帯になっている所があるそうだ。
原子力関連の事故では、幸いな事に、アメリカ・スリーマイル事故、ソ連の原子力潜水艦事故ぐらいしか聞いていないが、微妙なバランスで、非常に危険な状態で運転している原子炉は、何時事故が起こってもおかしくない事は明記しておきたい。特に、地震国日本では、その可能性が高い。また、ウラジオストックなどでは、ソ連の経済不安の落し子として、老朽化した原子力潜水艦を大量に海に沈めたと聞いている。自然爆発する可能性が無いとも言えない。海底で爆発すると日本海大津波が発生する可能性も否定できない。

★ 人類はどこから来たのか
 旧約聖書の創世記第一章に「神はご自分にかたどって人間を作り、神に似せて男と女を作られた。産めよ、増えよ、地を満たせ、海の魚、天の鳥、地上をはうものをつかさどれ」と仰せられたとある。しかし、20世紀の科学の発展はすさまじく、人類の誕生から死後の世界までを科学的に知る事になった。宗教は心の世界で、規律や律法などのソフト的な存在となった。
脊椎動物は魚類から進化した事が分かっている。魚類は何から進化したのか? 仙台名産の珍味「ほや」と言われている。ほやの幼生は、骨を持ち、海の中を泳いで、将来すごす場所を探すそうだ。人間のDNAは、ほやのDNAと78%が同じだそうだ。4~5億年前の事だろうか? 地球年(地球誕生の46億年前を正月、現在を大晦日として計算)で、11月下旬の事となる。魚が陸上に上がり、両生類の恐竜が跋扈する時代に、小動物として進化した哺乳類は、6500万年前の地球年で12月下旬に恐竜が絶滅して、やっと地球の主役らしくなってきた。そして、700万年前の地球年で大晦日の夕方頃、チンパンジーから二足歩行の人間の先祖が枝分かれした事も推定できた。まだまだ現代人(現在地球上に住む全ての人間)とはほど遠いが、二足歩行により頭脳だけは大きく進化する下地を持っていた。
ミトコンドリアのDNAの解析から、「世界中の全ての現代人は17万年前の1人の母親の子孫である」らしい事が、アメリカの女性大学院生の研究から解った。ミトコンドリアは、人間の60億とも言われる個々の細胞に2千個ぐらいずつ入っていて、ブドウ糖と酸素からエネルギーを作り出し、細胞の働きを助けているが、このミトコンドリア自体が各々のDNAを持っている。このDNAが母性遺伝の為、生物の枝別れを推定する「分子時計」として使われている。また、このDNAの分析から、人類の祖先と思われていたネアンデルタール人や北京原人などは絶滅して、新たにアフリカに生まれた現代人の祖先が世界中に広がった事も明らかになった。さらに、驚く事に、現代人は一度、絶滅寸前(人口600人以下)になったかもしれないとも言われている。

★ ユダヤ教、キリスト教、イスラム教
 聖書には、旧約聖書と新約聖書があるが、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教は全て、旧約聖書を信じている。私の簡単な理解では、ユダヤ教はキリスト生誕以前からの宗教を踏襲し、キリスト教は神の子キリストとキリストの奇蹟を記述した新約聖書を信じ、イスラム教はキリストを1人の伝道師としてのみ紹介していると区別している。
 旧約聖書では、紀元前2千年頃に、現在のイラク南部ウルの遊牧民、ヘブライ「歩く人の意味」人達が、アブラハムが聞いた神のお告げにより、カナンの地(現在のイスラエル付近)に出発する。既にその付近には先住民が住んでいたので、神の命令は「土地取得の願望」とも考えられる。更に、紀元前1500年頃になると、エジプトに進出した70人ほどの遊牧民は期限を限って寄留地を借りていたが、その後、エジプト王は、ヘブライ人の人口が増える危険を感じ「エジプト人は奴隷とし、新生児はナイルに捨てる様に」とのおふれをだした。モーゼは生まれた時、篭に入れられナイルの葦の茂みに隠されたが、エジプトの王の娘がこっそり拾って育てたそうだ。紀元前1300年頃、モーゼが成長した時、奴隷になっていたヘブライ人達を率いて、約束の地カナンへ向かう事になった。その途中で、有名な海割の話がでる。その海は紅海の奥の方と思われるが、大潮の引潮の時間を計算して出発して、この奇跡を生みだしたのであろう。当時のエジプトの天文学は天動説を主体としていたので、充分予測できたと思われる。
 また、旧約聖書の中では、再三、救世主=メシア=キリストが誕生する事が予言されている。それは誰だろうか? イエス・キリスト、モハメッド、聖徳太子かもしれない。しかし、何れもカナンの地を統治できなかったので、結果的にダビデ王かもしれないし、永遠にメシアは現れないのかもしれない。
 カナンの地の中心エルサレム(神の平安の意味)は、800m位の高地にあり、西は地中海、東は海抜マイナス300mの死海にそそぐヨルダン川となる。紀元前に地中海沿岸の低地には、既にペリシテ(海の向こうから来た人の意味)が住み、農耕定住していた。
 紀元前11世紀頃、ダビデ王が少ない武器(小石と杖とも)で戦い、南北のヘブライ人を統一し、一方のペリシテ人は海に面したペリシテ(パレスチナ)の地に住む事になった。次のソロモン(平和の意味)王から数百年の間の平和があったそうだ。
 しかし、紀元前6世紀頃には、ペルシャ王クロスに征服され、「故国を失ったユダヤ人」となった。その後、紀元前2世紀頃にはローマ帝国の支配下になり、ヘロデがローマ王からユダヤの王として、自治区の様な形で認められていた。
 こんな情勢下でイエス・キリストが誕生した。キリストの誕生を要約すると「聖母マリアが処女受胎をし、婚約者ヨゼフとベツレヘムへ向かい、馬小屋で誕生した。東方の3博士が星に導かれ訪れ祝福した」となる。処女が受胎する可能性として、卵子のみで分裂を開始するクローンがあるかもしれないが、その場合「女児」となると思う。それより男性の精液の付いたタオルなどから受精した可能性の方が、はるかに高いであろう。また、婚約者ヨゼフが疑いもなく一緒に旅する事から、ヨゼフに「身に覚えが有った」のかもしれない。旧約聖書にはメシアはベツレヘムで生まれると予言しているので、住民登録をする為にベツレヘムへ向かい、宿屋が取れなかったので馬小屋で出産したそうだが、我々の想像する吹さらしの木造小屋ではなく、家畜が一緒に住む石小屋か洞窟であったろう。3博士が導かれた星は昼でも明るかった事から超新星であった可能性があるが、現在特定されていない様だ。東方とはヘブライ語で日本を意味する「マギ・ヤバン」との説もある。一方、3博士はヘロデ王に「ユダヤの王になられる方は、何処に居られるか?」と聞いたそうで、その後、ヘロデ王はわが身を恐れ、「ユダヤの2才以下の幼児を全て殺す様に命じた」とあり、それなら、3博士はベツレヘムを素通りしてエルサレムに向った事になる。
 ユダヤ人の子=イエスは両親とエジプトに逃れ、旧約聖書を勉強して、ヘロデ王の死後、成人してユダヤの地に戻ってきたらしい。当時のユダヤの律法学者は旧約聖書、特に十戒を解析して規律を作る学者であった。貧しい人、徴税人、病人、売春婦などは「罪人」と定義されていた。したがって、有名な山上の垂訓「貧しいものは幸いである。天の国はその人のものである」も律法に違反する。キリストの処刑理由も端的に言うと「安息日に罪人達に治療した」ことである。その様な宗教違反では、ローマ帝国への処刑の理由にならないので、「神を父と言い、ユダヤの王となる事を父が見守っている」と言っていると政治犯にしてしまった。東方3博士の質問も尾を引いていたのであろう。
 キリストの処刑後、弟子の12使徒が目覚め、キリスト教を布教する。ギリシャからローマへも信者を増やして行く。その後、西暦70年頃、ユダヤ教ピクト熱心党派がキリスト教への脅威を感じ、第一次ユダヤ戦争を起こすが、圧倒的ローマ軍の力で、エルサレムの律法を収めた神殿を廃墟とした。更に、西暦132年の再度の反乱で、ユダヤ人はエルサレムから完全に追い出され、地名もパレスチナと代えられた。しかし、一方でローマ帝国のキリスト教迫害は西暦300年代末まで続き、その後、キリスト教がローマ帝国の国教となる。
 一方、イスラム教の開祖はマホメド(賞賛された者の意)と言われている。西暦570年頃、アラビアのメッカに生まれ、幼少時に両親を失い、アラブの商隊に加わり、苦労して育った。40才の時、「神の啓示」を何回か体験し、自分が「神の使徒」との自覚を得た。当時のアラブ人の宗教は「多神教」であったが、マホメドは旧約聖書の創造神「アッラー」を唯一神としの教えを布教し始めた。一時、布教も困難を極め、メッカから追い出され、ヤスリブに逃れた。ヤスリブでは混乱を収める指導者として向かい入れられ、その地は後に、預言者の町の意から「メディナ」と呼ばれる様になった。西暦630年に大軍を率いて故郷のメッカに凱旋し、ほぼ20年でアラビア半島全域に影響力を広げた。マホメドの死後、弟子によって、マホメドの神の啓示を「コーラン」にまとめられた。その後、西暦750に誕生したアッバース朝は、現在のイラクのバクダッドを首都として、当時、世界最大なイスラム帝国を作った。現在でも、アフリカ北部、中央アジアからパキスタンや中国ウイグル自治区、インドネシアなど13億人のイスラム信者を有している。
コーランは沢山の規則書である。例えば、「毎日決まった時刻にメッカの方を向いてお祈りしなさい」とかと書いてある。統治に当たり改宗を強制せず、他の宗教を信じている人々との共存をも認めてきた。一方のキリスト教が「神の子キリストとその奇跡を信じよ! それができない人々は虫けらと同じであるから、殺してもかまわない」と言って、14世紀以降、世界で最も多くの殺人を行ってきたのと対照的である。しかし、イスラム教は近代化にはマイナスとなった。例えば、「安息日には料理の作業も行えないので、断食しなさい」とか、「女性はベールをかぶりなさい」とかは、労働効率を下げる。また、「反芻動物で蹄の割れている動物の肉は食べても良い」とかは、多分、寄生虫病など病気を予防する良い規律であったと思われるが、食品保存技術の進んだ現代では不要な規律かもしれない。

★ ユダヤ人とは何か
 私は、中東問題は、アラブ人の国々の真中に白人系のユダヤ人が住んでいる事に端を発していると思っていたがそうではない様だ。中央アジアにいた白人系のカザール民族は、8世紀にユダヤ教に改宗した。当時のカザール帝国はイスラムとビザンチン・キリスト教からの圧迫を受け、両者の根源であるユダヤ教に改宗して帝国の保身を図ったそうだ。12世紀頃には、蒙古の「元」の難を逃れ、北へと移動し、旧ソ連のロシア共和国北部に定着し、「ユダヤ人」と名乗った。
 14世紀頃は、スペインやポルトガルで、ユダヤ人排斥が始まった。ヨーロッパで技術や知識に抜きんでいたユダヤ人が増えることを恐れられた事、キリストを処刑したユダヤ人の子孫などの理由で追われた様だ。例えば、イタリアに逃れたユダヤ人は、ベニスのサンマルコから一番離れた一角の四方が運河に囲まれ、高い塀で仕切られた「ゲットー・ヌオヴォ」に隔離され、日中だけ外に出て商売を許され、商いには高い税が課せられていた。その後、1945年の第二次世界大戦終了まで、キリスト教国家に何か悪いこと(疫病、金融危機など)が起こるとユダヤ人のせいにされ、ユダヤ人迫害が行われてきた。特に、ナチス・ヒットラーのユダヤ人迫害と「命のビザ」でユダヤ人を救った杉原千宇畝の善行は有名である。しかし、世界に散ったユダヤ人達は貿易や技術にたけ、キリスト教が忌み嫌った金融業で富を作り、現在に至っている様だ。特に、アメリカでは、議員、学者、超富裕層などのユダヤ人が国政を左右する存在になっている事を特記しておきたい。

★ 日本とユダヤ人
 日本人とユダヤ人は民族的に良く似ているそうだ。神道とユダヤ教、清潔感、勤勉さ・・・と挙げるときりがないらしい。そもそも、古代の日本には、旧約聖書と関係ありそうな話が多い。
 古事記によると日本を作ったのは、イザナミ、イザナギ夫婦で、神の命令で「天の浮橋」に立ち、玉の矛で海をかきまわし、オノゴロ島を作り、その島に柱を立て、「体の成り成りて足りない所と成り成りて余った所がある。そこをさしふさいで国を作った」とある。イザはヘブライ語で「神よ救い給え」と言う意味になるそうだ。海はワギナ、剣はペニスとの解釈もある。旧約聖書の創生記と同じ根源を持ち、オノゴロ島はエデンの園と同じかもしれない。
 東北北部に「ナギヤドラヤ」と言う民謡がある。最近になって、ヘブライ語で「主に向って私は歌おう。主は輝かしくも勝利を収められ・・・」の出エジプト記15章のモーゼの神を讃える歌との解釈もでている。
 出エジプト記25章には、「金ぴかの神輿の上に鳳凰が羽ばたき、棒を通して喜び踊りながら担ぐ。その中には、十戒の2枚の石板、マナの入った壺、アロンの杖を収める」とあり、日本のお祭りの「お神輿」の原型とも考えられる。
 八坂神社の山鋒は、ヘブライ語のヤッサカ(神よと叫ぶの意)で、7月17日の祇園祭はノアの箱舟がアララテ山にとどまった日と同じになる。
 
 図書館から「古代ユダヤ人と聖徳太子の秘密」(月海千峰著)を借りた。その要約をまとめておいたので以下に記す。
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 6世紀の半ばまでは、大和王朝と並んで、北九州の王朝、出雲地方の王朝、吉備地方の王朝、津軽の王朝が存在していた。聖徳太子の時代以降、日本は独自の国としての意識を形成する様になった。
 聖徳太子と言う名は、死後に尊称として贈られた。幼名は厩戸豊総耳皇子(うまやどのとよとみみ)と呼ばれた。太子の母后は救世観音が体内に入った夢を見た時に懐妊し、たまたま厩の前を通りかかった時に生まれた。母は間人(はしひと)皇后と呼ばれ、巫女であり、神に一番近い女性であった。当時において、巫女との交わりは神聖なもので、その際に巫女に支払われる代金は、神への賽銭であった。丹後では、間人を「ハシヒト」では無く、「タイザ」と読む。それはヘブライ語やバビロニア語の元になった古代オリエント語の「タイガシュ」のなまったもので、「タイ」=太陽、「ガシュ」=鳥となり、「太陽の遣いの鳥」となるそうだ。
旧約聖書によれば、モーセはユダヤ人を率いてエジプトを脱出し、その後、ダビデ王や息子のソロモン王のユダヤ王国は、その当時世界的な貿易国だった隣国、フェニキアと同盟を結び発展した。金属師や技術者達で組織されるタルシシ船団は世界中を航海し、植民地や鉱脈探しを行った。マレーシア半島にはソロモン諸島と言う地名も残っている。
出雲大社はソロモンの神殿であった。古事記によると出雲大社は高さ96mもあり、ソロモンの神殿と同じくジグラッド様式で2本の柱もあった。日本の皇室の御紋は16弁の菊の花であるが、これは太陽神バールの紋である。
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 ユダヤ人と日本はその後も密接な関係にあり、日本人は寛容に受け入れてきた。「ユダヤ製国家日本(ラビ・M・トケイヤー著、加瀬英明訳)から、幾つかのエピソードを紹介したい。
 種子島に鉄砲を伝来したユダヤ人:1531年にリスボンで大地震が起こると、ユダヤ人大虐殺が起こる。その為、マラノと呼ばれる「偽装キリスト教改宗者」がより安全なアジアに逃げてきたが、アジアの地も安全ではなかった。その一人、メンデス・ピントはアジアで21年過ごし、その間に13回捕虜や囚人となり、17回も奴隷として売られ、何回も嵐によって遭難したそうだ。ピントが記した「東方遍歴記」に、中国人の海賊達と種子島へ訪れ「火縄銃を島主のナウトキンに贈ったと書かれているそうだ。
 横浜でシェル石油を創始したサミエル:1872年(明治5年)ユダヤ人の父は貧しい収入からアジアへ向かう三等切符と5ポンドを19才の息子に与えた。湘南の無人小屋で何日か過ごし、漁師が浜辺で貝を取っていたが、食糧とした残りの貝殻はそこらに捨てられていた。気転を利かした少年は日本の民芸品を真似て貝の細工物や貝をちりばめた漆塗りの小箱などの商品を作ってロンドンの父親に送り、大当たりした。横浜に商会を起こし、欧米工業品の輸入したり、アジアを相手に日本の米や石炭などを輸出し、蓄財した。1992年(明治25年)に石油業界に参入し、当時、ドラム缶で輸送していた石油を大きいドラム缶で輸送するタンカーを発明した。社名を貝の名前の「ミュレックス」と名付けた。後に、オランダとイギリスのコングロマリット、「ロイヤル・ダッチ・シェル」と改名し、貝殻のマークを永遠に用いる契約を残した。
 明治憲法はユダヤ人アルベルト・モッセの助言:1882年(明治15年)にドイツを訪れた伊藤博文に近代法を講義した事をきっかけに、その来日し、立憲君主制度を柱とした民主的な憲法を作る助言をした。
 日露戦争を勝利に導いたユダヤ人:日露戦争は1904年(明治37年)2月に日露海軍が旅順港外で交戦した事で始まった。日本銀行副総裁であった高橋是清が戦費調達の為の国債の売込みに廻っていたが、欧米の銀行からは見向きもされなかった。その時、ユダヤ人資産家のヤコブ・シフが国債を引受け、世界のユダヤ人に支援を呼び掛けてくれた。ロシアは歴史を通じて、反ユダヤ主義の盛んな国で、ロシア正教に改宗しないユダヤ人を圧迫していたので、日本軍が日露戦争に勝つと、全世界のユダヤ人が狂喜したそうだ。シフのクーン・ロープ社は1997年、ホリエモンのフジテレビ乗っ取りに当たって、8百億円の転換社債を引受けたリーマン・ブラザーズと合併したそうだ。
 明治の日本近代化では学者・医師・教師や経済界などで多くのユダヤ人から学び、戦後の日本経済発展に貢献した内外の輸出入代理店のほぼ半分がユダヤ人であったそうだ。

★ イスラエル建国と中東戦争
 私は「911」の前、中東問題は対岸どころか山の向こうの火事位にしか考えていなかったので、今回、インターネットの「Wikipeda」などから、年号や主な内容を確認した。
 パレスチナの地がイスラム人の国になって以来、再三の十字軍の奪還遠征にもかかわらず奪回できず、16世紀以降はオスマン・トルコ帝国に一部分になっていた。19世紀末頃からシオン(エルサレム)に、神の予言したユダヤ人国家を作るシオニズム運動が始まっていた。しかし、第一次世界大戦でオスマン帝国が敗れるとパレスチナはイギリスの委任統治領として植民地化された。その後、世界各国のユダヤ人が入植し始めた。特に、ナチスのユダヤ人迫害で逃げてきた多くのユダヤ人が入植し、増加するに従い、アラブ人との摩擦は当然強まった。イギリス単独では収拾困難と、発足したばかりの国連に判断を委託した。
 1948年(昭和23年)5月14日、イギリスのパレスチナ統治終了の日に、ユダヤ人はイスラエル建国を宣言した。しかし、その翌日、それに反対する周辺アラブ諸国がパレスチナへ侵攻したが、結局負かされた。この際、多くのパレスチナ難民も発生した。これが第一次中東戦争と言われている。
 1956年(昭和31年)10月29日に第二次中東戦争勃発した。これは、エジプトのナセル大統領がスエズ運河の国有化を発表したのがきっかけであった。スエズ運河を利用するイギリス・フランスに煽動され、イスラエル軍はエジプトを負かし、シナイ半島大半を占領した。これに、エジプトを支援したソ連の他にアメリカまでも非難し、国連の停戦決議を受入れ、収束した。
 1967年(昭和42年)6月5日に始まったのが、第三次中東戦争である。ゴラン高原におけるユダヤ人入植地建設を巡って緊張がたかまり、イスラエルがエジプト、シリア、イラク、ヨルダンの空軍基地に先制攻撃を行った。地上戦でも、ヨルダン川西岸地区、エジプトのカザ地区、シリアのゴラン高原を占領し、領土を約4倍に拡大した。6日で勝敗が決したため「六日戦争」とも言われている。
 1973年(昭和48年)10月6日、エジプトとシリアが失地回復のため、強力な「ミサイルの傘作戦」でイスラエルへの先制攻撃をかけ初戦に成功するが、イスラエルの反撃が開始され、10月23日に国連調停で停戦となった。この時、アラブ諸国はイスラエルを支援する西側諸国に対し石油戦略を発動し、世界的オイルショックを引き起こした。
 エジプトのサダド大統領が反イスラエル路線を転換し、ノーベル平和賞を受けたが、1981年(昭和56年)10月アラブ主義者に暗殺された。その後、イスラエルの敵対勢力はパレスチナ解放機構(PLO)などへ移行し「ゲリラ・テロ戦争」と変化した。
 そんな中、1979年にイランで、イスラム原理主義者がイスラム革命を起こし、国王を追放し政権を握った。1980年(昭和55年)9月22日に、国境を接するイラクが国境をめぐって戦争を開始し、1988年(平成元年)8月20日まで8年続いた。この時は、イスラム革命世界に広がる事を恐れ、ソ連やアメリカまでもイラクを支援した。
 1990年(平成2年)8月2日、イラクのクウェート侵攻から湾岸戦争が始まった。当時のイラク・フセイン大統領は「アラブ(イスラム)対イスラエル支持者(キリスト脅威強者)」との戦争と呼んだそうだ。翌年1月17日にそれらの多国籍軍がイラクへの爆撃「砂漠の嵐」作戦を開始し、3月3日に暫定停戦協定が結ばれた。停戦の際、サダム・フセインは「イスラエル軍のシリア、レバノンからの撤退」などの条件を提示し、アラブ全体の英雄との立場を誇示した。
 2001年9月11の同時多発テロ後、首謀者オサマビン・ラーディンをかくまっているとの理由でアメリカ・ブッシュ大統領は国民の圧倒的な支持を得て、アフガニスタンに兵力を向けた。アフガニスタンがほぼ鎮圧した頃、私は報道で、ブッシュ(ばか息子の方)大統領が「次はイラクを攻撃したいが何か良い情報はないかね!」と言ったと聞いた。不勉強の私は冗談で圧力をかけるなら良いかもと思っていたが、やらせか何か? 南アフリカのスポークスマンからの「イラクは大量兵器を隠している」との情報で、国連の反対を押切って、2003年(平成5年)攻撃を開始した。1週間もあれば終わると世界中に戦闘状況をテレビ中継した。しかし、その後、大量兵器は見つからず、8年間以上の泥沼に嵌ってしまった。
 
★ 世界最終戦争は回避できるか
 世界の歴史は700年毎に「東」「西」が入れ替わってきたと言う説がある。紀元前はアフリカ北部とメソポタミア、紀元後の700年はローマ帝国、その後の700年はイスラム、中国の唐やモンゴルなどの「東」であろう。その後、紀元1400年頃、文化ではルネッサンスが開花し、大航海時代と言われる植民地支配、コロンブスに発見された北アメリカへも、1620年ピューリタン達がイギリスでの弾圧を逃れ、未開の国アメリカ植民地へ移住した。そして、20世紀後半にアメリカが世界を支配し、きらりと光ったアメリカ全盛時代を迎えた。
700年周期の計算から、21世紀からの700年は中国、インド、アラブなどの「東」の時代になるのかもしれない。
民主党の元小沢代表が「アメリカ駐留軍は第七艦隊だけで良い」と一回だけ言い、物議をかもし、自民党からも攻撃されたが、アメリカの高官から言わされたとの説もある。これはアメリカの本音かもしれない。日本が中国やロシアから攻撃されたと仮定すると、イラク戦争で火傷をし、リーマンショックで足元をすくわれたアメリカが日本を守れるとは思えない。また、あと数10年すると出生率の現状から、アメリカの黒人が白人の数を上回ると予測されており、今までの富国強兵政策は通用しないであろう。脅威は北朝鮮だけとなるが、日本国内の地上は日本の防衛省の本来の任務であり、ミサイルなどの防空対策は第七艦隊だけでも充分かもしれない。沖縄基地のグァム移転など既にその方向で動いているとも言える。
現在、アメリカの抱えている火種は、イラク、アフガニスタン、北朝鮮だろうか。以下、私の推察を記したい。
まず、北朝鮮は2009年の冷害により、食物の不足が深刻になり、中国の援助を受けざるを得なくなる。日本もこの年、北海道、東北の冷害(これを記載している時点では、公表されていない)が厳しく、対北朝鮮の経済制裁中であり、折角の機会を逃してしまった。東と南(韓国)の北風は、西の太陽に勝てなかった。金正日の死後、3男の金正雲が一時後継するが、北朝鮮幹部からも頼りなく思われていた正雲は、中国の圧力もあって長男の正男に替えらるであろう。世界を漫遊してきた正男は、豊かな北朝鮮建設のため、核を放棄し、国を開放し、見返りに世界からの援助を受け、豊かな国を目指した。
アフガニスタンはどうなっただろうか。イスラム教は自殺を禁止しているが、宗教を守る為のジハード(聖戦)は祝福される。テロは軍隊で防げないと知った国連各国は、アフガニスタンから引き揚げるであろう。しかし、世界の麻薬被害は止まらなかった。国連による徹底したケシ栽培の取締と中国からの転作資金援助により、アフガニスタン再建が進めらそうだ。
イラク戦争ほど家庭のテレビに実況された戦争はなかった。時にはアルジャジーラの放送まで入ってきた。これ等の情報からイラク人はスンニ派もシーア派も極端にアメリカを嫌っていのは明らかだ。そこに、ブッシュに代わって、父がイスラム人の子バラク・フセイン・オバマ大統領が政権を握り、米軍のイラク撤退も実現した。名前も処刑された元イラク大統領と同じと親近感も持ち、アメリカや世界各国の人道支援援助も快く受け、平和を取り戻すであろう。
オバマ大統領の提唱した核廃絶運動も順調に推移し、むしろ核兵器の濃縮ウランなどは温暖化対策で急増した原子力発電に欠かせない燃料に転嫁されるであろう。同様に石油資源もプラスティック等の有機化学原料として貴重な存在となり、石油の燃料使用制限の動きが強まるであろう。
元華僑の子孫たちが、国の支援を得て、元シルクロード周辺からアフリカ中部まで、ビジネス的に進出するであろう。主として、希少金属(タンタル、リチウムなど)鉱山や農業(小麦、大豆など)で、それらの国を豊かにするであろう。
現在、イスラエルで政権を握り、好戦的な白人系のアシュケナジ・ユダヤ人は、アフリカなどでイスラム人と強調して暮らしてきたスファラディ・ユダヤ人を呼び寄せ、アラブとの境界地域に住まわせ、緩衝的に利用しているそうだ。一方、世界のユダヤ人排斥も静まり、イスラエルの戦乱に嫌気をさしたアシュケナジ・ダヤ人は世界各国に戻って行く者も増えてきた。そんな中、人口で過半数を制したスファラディ・ユダヤ人が政権を取る時代となった。機を同じくして、若い人口が増えたインド、経済大国になった中国、核兵器保有のイランなどの発言が国連で強まり、イスラエルの非武化と国連駐留が決まり、世界最終戦争の脅威は除かれるであろう。日本と同じに、永久に戦争を放棄したイスラエル憲法が制定された。日本終戦の丁度100年目の2145年代の春の事である。「めでたし、めでたし」となるであろうか?
以上

「素人が憂える脅威シリーズ」に興味のある方は、以下のメニュー・アドレスから、別のアップも参照してください。
http://kikyossya.at.webry.info/200907/article_1.html
シリーズ①:政権交代後の期待と憂慮
シリーズ②:世界大都市海没の脅威
シリーズ③:日本人大量餓死の脅威
シリーズ④:日本の水と森林壊滅の脅威
シリーズ⑤:世界最終戦争の脅威
シリーズ⑥:世界金融危機の脅威
シリーズ⑦:新型インフルエンザの脅威
シリーズ⑧:宇宙誕生から地球消滅の驚異(2007年記)
シリーズ⑨:地球は誰のもの-地球を守る政治-(2006年記)
シリーズ⑩:人類は何処から来て、何処に行くか(2003年記)

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